「小学校受験はどうしても必要でしょうか」とまずお尋ねします。
幼稚園や小学校の段階でうまくもぐりこめば後はエスカレーターで大学まで、一部にはそういう学校もあります。しかし大多数は6年後に中学受験となります。だから付属や私立小学校にいるからといってもたいした安心材料にはなりません、中学が併設されている付属ですら入った時点から中学進学のときに、はじき出されないように必死の競争が始まります。遠距離の通学に加え塾通い、子どもの負担は決して軽くありません。
また、付属や私立の教育環境が絶対的に良好であるともいいきれません。公立では最近30人以下のクラスの地域もかなりありますが私立は経営上からも基準の40人学級から大幅に定員を少なくしているところはありませんし、入試によってある水準以上のクラス編成になっているはずであっても公立と同じ様な問題は少なからず抱えています。また専科制などを導入して工夫する努力もみられますが、決して先生が公立よりも指導力があるとは聞いていません。私学の建学の精神なども単なるブランドとしては残っていますがその特色は薄れています。また、募集案内には有名中学への華々しい進学状況を謳っていますが、これとてその学校の教育の成果というより、学校でなく塾で必死に頑張った子供たちの成果というべきでしょう。
以上のような点を理解したうえで、希望の学校は自宅から便利だし、経済的にも苦にならないので受験したいと考えられるのでしたら、大変結構なことですから私どもの教室でも大いに力になりたいと思います。ただ、私たちの教室では受験のための特別な指導などはありません。受験のために私どもの教室にお問い合わせがあったとき、こう申し上げるとほとんどの方はがっかりされて電話を切られます。いったい何を期待されているのでしょうか。試験に出そうな問題の練習、保護者同伴の面接の練習、いわゆる傾向と対策ということでしょうか。私どもは受験されるご父兄にはただひたすら自然体でと申し上げるばかりです。
私どもがもっとも力になれるのは、子供たちの能力を大きく伸ばすことです。試験当日だけ何とかごまかせばいいのでしょうか。子供たちにとっては合格してから後が大切なのではないでしょうか。私どもは子供たちに十分な能力をつけさせることに全力を尽くします。自ら主体的に考える姿勢を身に付けた子供たちにとっては入学試験は少しも困難なことはありません。どのような試験でも自分で考えて解決しようと努力します。傾向対策だけで受験練習をしてきた子どもは練習をした課題にはそつなく対応できるでしょうが未経験のものにたいしてはなかなか力が出せません。これは受験を専門とする教室などにおいて、あらかじめ十分に指示説明されたり教えられたりして受験練習する中で、自分で情報を分析総合して考え問題解決するトレーニングが不足してしまうからです。親子ともども受験受験で追いまくられて消耗するのは馬鹿げているとしか言いようがありません。
では小学校入試に何か特別な準備が必要でしょうか。いま行われている私立小学校の入試では、保護者同伴の面接、運動能力に関するテスト、知的能力に関するテストなどがあるようです。
面接については、授業料や寄付金負担の経済力を含めた家庭環境が良好か否かを見るものだと考えられますが、信頼関係を築きあったご夫婦を中心とした和やかな家庭環境であれば何も心配はないでしょう。面接者に好印象を持ってもらうために志望理由を流暢に述べる必要などありません。次から次へと面接する親子に練習どおりの歯の浮くようなお世辞を連発されると面接者も相当うんざりしているはずですから。挨拶やお辞儀ひとつにしても自然なほうが良いのは言うまでもありません。これはご両親が普段の生活の中でいいお手本を示されていれば練習などしなくても大丈夫でしょう。年長児が作法の手本の様なお辞儀挨拶をしたならば、しっかり受験対策をしてきたなと判断されるだけのことです。もっとも、子どもの能力はそう簡単には優劣などつけられませんから、お行儀にうるさい学校には面接対策でうまくごまかすのもいい作戦かもしれませんが。
運動能力に関しては、手指の巧拙から全身を使ったものまでいろいろあるようですが、五輪選手を発掘しようというテストではありませんので、年長児として普通のことができればいいのです。日常の着替えにも親が手を貸し、出かけるときはさっと靴をそろえて出してやる、こどもは着せ替え人形のごとく立っているだけでコトが進むような日常は受験以前の問題です。また危険だからといって戸外の遊びを制限していませんか。子どもを取り巻く環境は厳しくなっていますが遊びの中で運動能力も磨かれます。これも日ごろから遊びを大事にしてあげれば受験だからといって慌てることもないでしょう。
知的能力に関してはどうでしょうか。
毎年同じ様な出題傾向の学校でしたら練習効果もあるでしょうが、学校側も受験教室の存在は百も承知ですから、手を替え品を替えて、無理ながらも能力を見ようとします。ここに知能教育は最大の強みを発揮します。知能教育を経験した子どもたちは「こんなのやったことないからわからない」とは言いません。未知のものに対しても知的な好奇心をもって積極的に取り組もうとします。この姿勢こそが小手先の受験対策では得られない強みになるのです。大阪英研知能教室ではどこの受験教室もまねのできない内容を子どもたちは普段からやっているわけですから受験に際しても、あせらず、きばらず、自然体でと申し上げるだけです。それでいて失敗はありません。決して受験を勧めるわけではありませんが、受験される方にも知能教育をお勧めします。